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奈良大和路~悠~遊~

奈良大和路の祭礼や伝統行事、四季折々の風景を 写真で綴るフォトブログです。大和は国のまほろば、神や仏に近しく 奥は深くて おもしろい!

正暦寺への道 石仏・石塔群

「大和路の石仏・石造物」シリーズ――。今回は錦の里と呼ばれ美しい紅葉で知られる正暦寺(しょうりゃくじ)への道を巡ってみます。過去に撮影した写真で構成しました。

柳茶屋バス停(現在はなくなりました=奈良市高樋町)から正暦寺への道(およそ2Km)を10分ほど歩くと、路傍に吹抜けのお堂が現れます。中央の地蔵尊のお顔は判然としません。「ハナキレ地蔵」です。お堂に掛かる説明板によれば、1961年の第2室戸台風でお堂とともに倒れ、顔・肩・腰が折損したそうです。身体部分の表現はなかなかこまやかな石仏で鎌倉時代の作。

さらに梶尾橋を過ぎ、菩提山川に沿って進み山道に入ります。南大門跡、2本の杉の前にたたずむ2体の地蔵石仏が迎えてくれます。泣きべそをかいたような顔とほほ笑んだ顔の2体の地蔵さん――「泣き笑い地蔵」です。室町時代の作。その近くにたくさんの石仏石塔が積み上げられています。

同様の石仏石塔群が本堂下にもあります。ほとんどの石仏は室町時代、左右にある十三重石塔は鎌倉時代の作といわれます。

往路は山道を抜けて円照寺に向かう道。もちろん逆の順路もハイキングにお勧めです。五つ塚古墳の傍をすぎ、竜王池の手前の山際に地蔵石仏が微笑んでいます。比較的新しい石仏のようです。なお、梶尾橋を渡った先に磨崖仏があるそうですが未見なので、あらためて訪れたいと思っています。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・大和路の石仏・石造物シリーズ
 ・正暦寺 人形供養 2017
 ・正暦寺 菩提酛清酒祭 2014
 ・正暦寺 冬至祭 2013



正暦寺 石塔・石仏1
「ハナキレ地蔵」 “鼻切れ”どころか顔全体が無くなって痛々しい姿です。高さ163cm、鎌倉時代の作=撮影 2013/3/9 奈良市北椿尾町


正暦寺 石塔・石仏2
「泣き笑い地蔵」 等身大=撮影 2013/3/9 奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏3
微かにほほ笑んでいるように見える優しいお顔の「笑い地蔵」 室町時代
(享禄4年、1531年)の作=撮影 2013/3/9 奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏4
ちょっと泣いているようにも見える「泣き地蔵」=撮影 2013/3/9 
奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏5
南大門跡の石像群=撮影 2013/12/22 奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏7
こちらは本堂下の石像群。秋には錦に染まります=撮影 2010/11/21 奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏6
上の石仏・石塔群の全体。両端に十三重石塔(鎌倉時代後期)が立ちます=撮影 2014/1/11 奈良市菩提山町


正暦寺 石塔・石仏8
竜王池近くの地蔵石仏。山側の山道を抜ければ円照寺ですが、近年は拝観できません=撮影 2014/1/11 奈良市山町

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テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/12/09(水) 18:18:12|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

誓多林 五尺地蔵・おかげ燈籠

久しぶりに「大和路の石仏石造物」シリーズです。

奈良と柳生を結ぶ古道の滝坂道。峠の茶屋を下ると誓多林(せたりん)の集落に入ります。左の山手ある茶畑の中に地元で五尺地蔵と呼ぶ石像があり、下に広がる稲田を見守っているかのようです。

その先の三差路近くには、「おかげ燈籠」がぽつんと立っています。太神宮と刻まれた石灯篭は、伊勢皇大神宮へのおかげ参りが流行った江戸時代のもの(天保元年の銘あり)。各地で伊勢参りの街道筋や神社に立てられたました。「太神宮(大神宮)燈籠」とも呼ばれます。神宮への献灯の意味もあったようです。その名残がこの山中に残されているのですね。下記「太神宮さんのお祭り」もご参照ください。

三差路を左にとって10分ほど歩いた山道の脇(といっても樹林の中)。何気なく目をやった先に地蔵石仏がたたずんでいます。近寄って詳しく観ることはできませんでした。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・葛城・疋田 太神宮さんのお祭り 2019



誓多林 石仏1
茶畑に建つ地蔵石仏(南北朝時代、花崗岩、像髙約1・5m)。左は如意輪観音像(文化十一□年の銘あり)撮影 2020/11/15 奈良市誓多林町


誓多林 おかげ燈篭
県道脇に立つ江戸時代の「おかげ燈籠」。天保元年(1830年)の銘がありますが、笠の一部が破損=撮影 2020/11/15 奈良市誓多林町


誓多林 石仏2
雑木林になかに立つ地蔵石仏=撮影 2020/11/15 奈良市誓多林町

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/12/06(日) 18:21:03|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

柳生街道・滝坂道 2020

春日山と高円(たかまど)山の谷あいにある石畳道は奈良と柳生を結ぶ古道、柳生街道滝坂道と呼ばれます。平安時代から鎌倉時代にかけて寺の僧たちの修業の場であったところ。樹林の中に数々の苔むす石仏こちら)がたたずみ、街道筋には誓多林(せたりん)や大慈仙(だいじせん)など、インドの聖地、仏教に由来する地名が残ります。

江戸時代には柳生十兵衛や荒木又右衛門など剣豪たちが往来した道――今回は柳生街道の前半、近鉄奈良駅から滝坂道をたどり峠の茶屋を経て忍辱山(にんにくせん)円成寺(えんじょうじ)まで静寂な秋の山道、約12Kmを歩いてみました。地獄谷は通行止めでした。滝坂道は谷間で陽当たりが少ないため、紅葉はほとんど見られません。円成寺の紅葉については別項で取り上げます。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・柳生街道・滝坂道の石仏



滝坂道1
江戸時代の剣豪が行きかった道が今に残る石畳の滝坂道=撮影 2020/11/15 奈良市春日山


滝坂道2
不ぞろいの石が敷き詰められた古道。脇の山裾には山岳仏教の信仰対象となっていた石仏が残されている=撮影 2020/11/15 奈良市春日山



朝日観音
朝日観音――左右に地蔵を従えた弥勒仏。他の石仏についてはこちら=撮影 2020/11/15 奈良市春日山



首切り地蔵1
荒木又右衛門が試し切りしたという伝説の「首切り地蔵」。いかにも
首のあたりで切れている=撮影 2020/11/15 奈良市春日山



首切り地蔵2
首切り地蔵の前を右に進めば地獄谷に至るが、現在は通行止め。ハイカーは左の道をたどる。地獄谷の春日石窟仏はこちら=撮影 2020/11/15 奈良市春日山



峠の茶屋
江戸時代から続いている「峠の茶屋」=撮影 2020/11/15 奈良市春日山

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/11/16(月) 21:49:43|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

柳生の里 阿対(あたや)の石仏

のどかな田園風景が広がる「柳生の里」。北西の小高い丘の麓に老杉の枯れた姿を一望できます。柳生十兵衛三厳(みつよし)が諸国漫遊に旅立つときに植えたと伝わる「十兵衛杉」です。

高さ30m余の「十兵衛杉」。1973年(昭和48年)夏の落雷のため枯れましたが、枯死してなおりりしく立つ姿は、柳生の里のシンボルとして存在感を示しています。

「十兵衛杉」を左に見て打滝川(今川)に沿って北に進む道は、笠置への道。かつては剣豪たちが奈良から柳生を経て笠置まで往来した道。歩くこと15分ほど、瀬を早む川の右岸の杜の中に苔むした磨崖仏が現れます。「阿対(あたや)の石仏」です。

その昔、付近に阿対寺があったと伝えられ、室町時代の作といわれる「阿対の石仏」。高さ約5m、幅約3mの自然石に長方形の枠を彫り、その中に高さ1・5mの阿弥陀如来立像と、左脇に0・7mの地蔵菩薩が刻まれています。

傍らの説明版によれば、阿弥陀如来は流行病除けの願いを叶えてくれ、地蔵菩薩に豆腐を供えると子供が授かり、お礼に1千個の数珠を作ってお参りするのだそうです。石仏の傍に奉納された千羽鶴や数珠を見れば、いまも里の人々に崇められていることが分かります。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・柳生の里 天石立神社・一刀石 2020
 ・柳生下町 土用垢離 2020
 ・柳生町 土用垢離 2020
 ・柳生八坂神社 秋祭り・宮座行事 2018



十兵衛杉
枯れてなおりりしく柳生の里を見おろす「十兵衛杉」=
撮影 2020/7/21 奈良市柳生町


阿対の石仏1
うす暗い木立の中の巨石に刻まれた「阿対(あたや)の石仏」=撮影 2020/7/21 奈良市柳生町


阿対の石仏2
阿弥陀如来像(中央)と地蔵菩薩像(左隅)=撮影
 2020/7/21 奈良市柳生町

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/07/28(火) 12:30:48|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

柳生の里 天石立神社・一刀石

柳生新陰流を生んだ剣聖の里、柳生。興福寺から直線距離にして北東に約12km、車で30分ほどの場所にあります。山間の静かな盆地 「柳生の里」には、柳生一族にまつわる芳徳禅寺や家老屋敷跡、陣屋跡など、多くの史跡が残っています。

柳生藩初代藩主、柳生宗矩の父にあたる柳生宗厳(むねよし)の剣豪ぶりを表す次のような伝説が今に残ります――。
宗厳が日夜天狗を相手に剣術修行をしていたある夜、一刀のもとに天狗を切ったところ、天狗は消えて残ったのは真っ二つに割れた巨石であったといいます。現在「一刀石」の名で天石立(あまのいわたて)神社の境内で見ることができます。

宗厳はこの修行で無刀の極意を悟り、柳生新陰流の始祖となりました。隠居後、石舟斎と名乗ったということです。

なお、一刀石は人気漫画 『鬼滅の刃』(集英社/吾峠呼世晴・著)の名場面の聖地として最近注目されています。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・柳生下町 土用垢離 2020
 ・柳生町 土用垢離 2020
 ・柳生八坂神社 秋祭り・宮座行事 2018
 ・柳生八坂神社 秋祭り・宮座行事 2017



天立石神社
戸岩山の北麓、戸岩谷に鎮座する巨岩をご神体として祀る天石立神社。本殿はありません。一帯にある巨石の各々にも神々が宿るとする古代からの祭祀の形態を残します=撮影 2020/7/19 奈良市柳生町


前伏磐 前立磐
ご神体の前伏磐(手前左)と前立磐(右奥)=撮影 2020/7/19 奈良市柳生町


一刀石
石舟斎にまつわる伝説の「一刀石」。剣豪になった気分で「えい!」と巨石を“一刀のもとに両断”する少年。長さ8m、幅7m、高さ2mの花崗岩が真っ二つ。『鬼滅の刃』のクライマックス・シーンの聖地として話題となっています=撮影 2020/7/19 奈良市柳生町

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/07/27(月) 16:01:55|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0
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Author:なわじゅん
・奈良県北部在住の男性です。1300年超の歴史に根ざす奈良大和の人々の信仰に支えられてきた神事・仏事や祭り、伝統行事、民俗を主に紹介しています。
・写真をご利用希望の方はメールフォーム(下段)からお問い合わせください。

次のHPも運営しています。
「野に咲く花たち」――身近に咲く花、高山に咲く花の写真、野草のウェブ図鑑です。

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