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奈良大和路~悠~遊~

奈良大和路の祭礼や伝統行事、四季折々の風景を 写真で綴るフォトブログです。大和は国のまほろば、神や仏に近しく 奥は深くて おもしろい!

生駒市鹿畑 大和棟巡り

<外出自粛中につき、過去に撮影した写真で記事を構成しています>

奈良大和には「タカへ(高塀)造り」と称する独特の美しい屋根型の民家があります。大和盆地を中心に河内、南山城にかけて多く分布するところから「大和棟」とも呼ばれます。

大和棟の基本型は急傾斜した切妻屋根の妻を白壁で塗り込め、上を塀のように一段高くして2〜3列の平瓦と丸瓦を組んで葺きおろし――ゆえに「タカへ(高塀)」と呼びます――、その両側あるいは片側に緩い傾斜の落棟をつけ、煙り出しのヤグラを載せた形態をいいます。

実際にはタカヘの形態や屋根葺き素材も含め実に多様な変化型がみられます。生活様式や建物素材の変化を受けながらも、大和棟の形態は今なお残っていますが、その美しい姿が徐々に失われつつあるのは実に残念に思うところです。

今回は生駒市の北部に位置する山間の鹿畑町で見た典型的な「タカヘ造り」の民家です。さほど大きくない集落の密集した民家の屋根の間から同形態のタカヘがのぞいています。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・生駒市南田原 大和棟巡り
 ・生駒市高山 大和棟巡り
 ・平群町 大和棟の藤田家住宅 2017



鹿畑の大和棟1
タカへ造りの美しさは切妻屋根の両端の飾り瓦と棟仕舞い、切妻と落棟の屋根傾斜のバランスにあります。切妻の両翼に落棟を伴いますが、煙り出しのヤグラはありません。タカヘの丸瓦はなんと5列です。幸い上方から印象的なタカヘ造りの雄姿を見ることができます=撮影 2016/6/2 奈良・生駒市鹿畑町


鹿畑の大和棟2
甍の波の上に聳え立つタカヘ=撮影 2016/6/2 奈良・生駒市鹿畑町


鹿畑の大和棟3
一般に大和棟は家格の高い家に発展したといわれます。タカヘ(高塀)の頂きに載る鳥衾(とりぶすま)は鹿畑に独特のようです=撮影 2016/6/2 奈良・生駒市鹿畑町

鹿畑の大和棟4
上と同じ民家。片側の妻壁に落棟はなく、庇がまわっています=撮影 2016/6/2 奈良・生駒市鹿畑町


鹿畑の大和棟5
撮影 2018/10/7 奈良・生駒市鹿畑町


鹿畑の大和棟6
この集落にしては数少ない「台棟造り」の大和棟=撮影 2019/5/1 奈良・生駒市鹿ノ台

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テーマ:建物の写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/04/30(木) 17:33:51|
  2. 大和棟
  3. | コメント:0

壺阪・高取 五百羅漢石仏・岩屋不動石仏巡り

<#おうちで奈良旅 過去に撮影した写真で記事を構成しています>

壷阪寺から高取城跡への山道をたどると、香高山(こうこうさん)斜面の岩肌に刻まれた石仏群「五百羅漢岩」に至ります。そこは壷阪寺の奥の院とも称される場所。五百羅漢石仏は羅漢が釈迦の説法を聞いているところを現したものだそうです。石仏のさまざまな表情や態度が見てとれます。

香高山だけで石仏群は20群以上あり、総称して「香高山石仏」と呼ばれます。釈迦、阿弥陀、来迎如来、十一面観音、五社明神などが点在。室町末期から江戸初期にかけての作とされ、鮮明な彫りの石仏も残っていますが不鮮明なのも多く、意外と撮影はむつかしい。

高取城跡を経てかつての大手筋を下ると国見櫓跡に出ます。展望台が設けられていて、大和三山の浮かぶ大和平野が眼下に広がります。大手筋に戻って少し下れば、「猿石」が座る辻に至ります。この猿石は先に見た吉備津姫王の墓に並ぶ猿石4像と兄弟とされます(⇒こちら)。高取城の石垣に転用するために標高583mの山城に運び上げられてとされます。

猿石の辻から柏森へとは反対の脇道を少し下ると「岩屋不動(岩屋神社跡)」に出ます。木立の間のさほど広くはない開けた所にたたずむ三体の石仏(不動明王、文殊菩薩、役行者)に対面できます。

高取山・香高山の石仏群巡りは荒れた山道を上り下りする必要があり、健脚向きです。掲載した写真は10年ほど前(あるいはそれ以前)に撮影したもの。今では高取城跡は整備されているはずで、山道や石仏群の様子も変わっているかも知れません。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・飛鳥 石造物巡り(1) 猿石・鬼の俎・鬼の雪隠
 ・飛鳥 石造物巡り(2) 亀石・橘寺の二面石
 ・飛鳥 石造物巡り(3) 石舞台・酒船石・入鹿の首塚
 ・柳生街道・滝坂道の石仏



町石
阿弥陀如来の梵字(キリーク)と弘法大師像が彫られた町石(石標)
=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


五百羅漢
五百羅漢石仏群=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


五百羅漢
五百羅漢の一部拡大=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


羅漢
撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


五社大神
五社大神=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


羅漢
撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


不動明王
不動明王=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町高取


来迎如来
来迎如来=撮影 2006/11/21 奈良・高市郡高取町高取


千像如来
千像如来=撮影 2006/11/21 奈良・高市郡高取町高取


十一面観音
十一面観音菩薩=撮影 2006/11/21 奈良・高市郡高取町高取


猿石
高取の猿石=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町上子島


岩屋不動石仏
岩屋不動石仏。左から獅子に乗った文殊菩薩、不動明王、役行者=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町上子島


展望台から 左
国見櫓跡からの展望(西~北西の方向)。左足元の谷筋は高取町、奥は左から金剛山、葛城山、二上山、生駒山と続く=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町上子島


展望台から 右
国見櫓跡からの展望(北西~北の方向)。正面中ごろは畝山、右に耳成山、その手前に香具山=撮影 2011/11/25 奈良・高市郡高取町上子島

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/04/26(日) 16:46:35|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

飛鳥 石造物巡り(3) 石舞台・酒船石・入鹿の首塚

<コロナ禍による緊急事態宣言を受けて外出自粛中につき、過去に撮影した写真で記事を構成しています>

飛鳥」と書いてアスカと読みますが「明日香」の表記も使われます。ふたつの違いは何なのでしょうか。簡単にいえば、時代や文化などでは「飛鳥」、地名や自治体名には「明日香」と使い分けされています。(その名の語源・由来は渡来説など諸説ありますが、長くなるので省略)

明日香村にある巨石といえば、誰もが知る石舞台古墳。早い時期に古墳の盛土が失われて、巨大な横穴式石室が露出したもの。天井石の上面が平らで舞台のように広がっているので「石舞台」と呼ばれます。伝承によれば、むかし狐が女に化けて天井石の上で踊ったとか、旅芸人が舞を演じたとか…。古墳の被葬者は蘇我馬子であったとする説が有力です。

石舞台の近くに伝飛鳥板蓋宮跡があります。ここで繰り広げられたのが、大化の改新の端緒となった乙巳(いっし)の変――ときの権力者・蘇我入鹿(馬子の孫)が中大兄皇子らに暗殺された事件。板蓋宮跡の北方に建つのは日本最古の寺院・飛鳥寺。すぐ近くに「蘇我入鹿の首塚」と呼ばれる五輪塔が残っています。五輪塔自体は鎌倉時代または南北朝時代の建立と考えられています。首塚の西方は甘樫丘(あまかしのおか)。その東麓で、権勢を誇った蘇我蝦夷・入鹿親子の邸宅と考えられる遺構が見つかっています。

一方、板蓋宮跡の東方、小高い丘の上にあるのは、古くから「酒船石」と呼ばれる謎めいた石造物。何のために造られたのか、様々な説が唱えられていますが、定説はありません。

平成12年(2000年)、酒船石のある丘の下で「亀形石造物」と「小判形石造物」を含む導水施設が発見されました。周辺に石敷きや石垣、石段も見つかり、何らかの天皇祭祀に関わる遺構と推定されています。現在、丘陵一帯の遺跡は整備され「酒船石遺跡」として公開されています。「石と水の都」といわれる飛鳥京の面影を今に伝える貴重な遺構のひとつです。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・飛鳥 石造物巡り(1) 猿石・鬼の俎・鬼の雪隠
 ・飛鳥 石造物巡り(2) 亀石・橘寺の二面石
 ・柳生街道・滝坂道の石仏
 ・当尾の石仏(1) 岩船寺付近の石仏



石舞台古墳
石舞台古墳の遠景=撮影 2004/3/13 奈良・高市郡明日香村川島庄


蘇我入鹿首塚
蘇我入鹿の首塚。後方は入鹿の邸宅跡とされる遺跡が見つかった甘樫丘(標高148m)=撮影 2019/4/8 奈良・高市郡明日香村飛鳥


酒船石
酒船石――大きな岩にうがたれた円形や楕円形の凹み、それらをつなぐ細い溝。石の大きさは長さ約5・5m、最広幅約2・3m、厚さ約1m。何のために造られたかは定説なし=撮影 2005/8/27 奈良・高市郡明日香村岡


小判形石槽と亀形石槽
亀形石造物の発掘現場(次の画像とも古いカラーネガから起こしたもの)。現在は復元整備され「酒船石遺跡」として公開されています=撮影 2000/2 奈良・高市郡明日香村岡


小判形石槽と亀形石槽
花崗岩を亀の形を彫った亀形水槽は全長約2・4m、幅2mで顔を南、尻尾を北に向けて、左右には手足が表現されている。甲羅部分は幅0・2mの縁を残して直径1・25m、深さ0.2mの水槽状に加工したもの。もひとつは小判形(船形)に彫り込まれた水槽で、長さ1・65m、幅1m=撮影 2000/2 奈良・高市郡明日香村岡

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/04/23(木) 14:23:43|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

飛鳥 石造物巡り(2) 亀石・橘寺の二面石

<過去に撮影した写真で記事を構成しています>

「鬼の俎」「鬼の雪隠」(⇒こちら)のある欽明天皇陵陪塚から野道を東に進むと(約800m)、巨石に出会います。高さ1・8m、幅2・1m、長さ3・6m。下端に何かの顔の彫刻が施されています。亀に似ているとして「亀石」と呼ばれていますが、蛙の顔とも見てとれますね。いつ何の目的で作られたのか謎ですが、川原寺の境界を示す石標との説もあります。ともかくユーモラスな顔つきから明日香村観光のシンボルともなっています。

川原寺跡(弘福寺)の南向かいに橘寺のたたずまいが見えます。橘寺は聖徳太子の誕生地とされ、聖徳太子建立七大寺のひとつ。その境内にも謎の飛鳥時代の石造物があります。「二面石」と呼ばれ、高さ約1m、左右に善相と悪相が彫られていて、人の心の二面性を表現しているといいます。吉備姫王墓に置かれた猿石と同じ場所から掘り出されたと考えられているようです。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・飛鳥 石造物巡り(1) 猿石・鬼の俎・鬼の雪隠
 ・飛鳥 石造物巡り(3) 石舞台・酒船石・入鹿の首塚
 ・柳生街道・滝坂道の石仏
 ・当尾の石仏(1) 岩船寺付近の石仏



亀石
ユーモラスな顔の「亀石」。たまには子供たちが石の上に上って遊ぶ姿も見られます。石舞台とともに明日香村の観光シンボルのひとつ=撮影 2012/03/29 奈良・高市郡明日香村川原


橘寺 二面石
花崗岩の左右に善悪2つの顔が彫刻された「二面石」=撮影 2014/4/8 奈良・高市郡明日香村橘


橘寺 二面石 善面
善人の相といわれる「二面石」の右側=撮影 2014/4/8 奈良・高市郡明日香村橘


橘寺 二面石 悪面
悪人の相とされる「二面石」の左側=撮影 2014/4/8 奈良・高市郡明日香村橘

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/04/19(日) 16:02:55|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0

飛鳥 石造物巡り(1) 猿石・鬼の俎・鬼の雪隠

――大和路は「石仏のふる里」でもある、とは写真家・入江泰吉氏の言葉。(当ブログの管理者も)奈良大和路の野山を歩き回っているうちに、有名・無名の石仏との出会いがありました。折に触れ軽い気持ちでカメラに収めた石仏ですが、そこそこの量が貯まってきました。“撮れたて”ではありませんが、整理の意味も含め、おいおいと「大和路の石仏・石造物」のカテゴリーでアップしたいと思います。撮りこぼしも多く、今後に少しずつ埋めていくつもりです。――

と書いたのは、9年ほど前(⇒こちら)でした。しかし、6編の記事をアップしたあと中断したかたちとなっています。

新型コロナウィルス感染の拡大はとまりません。4月16日、緊急事態宣言の対象が全国に広げられました。すでに恒例の祭事・民俗行事はことごとく中止となっています。風景や花も撮影したいのですが、いまは「うつらない」「うつさない」を念頭に家に籠っております。そこで「大和路の石仏・石造物」のカテゴリーに入る、過去に撮った写真を引っ張り出すことにしました。

数回に分けて飛鳥の石造物を巡ってみます。飛鳥(明日香)は日本人の心のふる里として人気が高く、古代史のロマンに満ちたところ。わが国の仏教揺籃の地でありながら野仏は意外と少なく、むしろ謎を秘めた石造物が多くみられます。

まずは欽明天皇陵の近くにある吉備津姫王(きびつひめ の おおきみ)の墓に置かれた「猿石」4体。柵の間から見ることになりますが、どれも猿には見えまずユニークな人面像です。元禄年間に欽明天皇陵の南の田んぼから掘り出された5体のうちの4体にあたります。もう1体は南に5Kmほど離れた高取山(583m)に運ばれ、高取城の石垣に使われたと伝わります。いまは高取城址から旧城下町に下る山道の柏森への分岐点で対面できます。

ついで欽明陵の東、欽明天皇陵陪塚にある奇妙な巨大石造物、「鬼の俎(まないた)」と「鬼の雪隠(せっちん)」。欽明天皇陵の石室の底石と蓋と説明されています。

関連記事(当管理者の関連写真記事へのリンク)
 ・飛鳥 石造物巡り(2) 亀石・橘寺の二面石
 ・飛鳥 石造物巡り(3) 石舞台・酒船石・入鹿の首塚
 ・柳生街道・滝坂道の石仏
 ・当尾の石仏(1) 岩船寺付近の石仏
 ・当尾の石仏(2) 浄瑠璃寺・西小付近の石仏
 ・当尾の石仏(3) 大門仏谷 磨崖仏
 ・史跡頭塔と石仏 2012



飛鳥 猿石1
「山王権現」(右)および「女」(左)の愛称がある石像(吉備姫王墓内)。次にあげる「僧(法師)」を除き、背面にも別の顔が彫られているそうですが、囲いの外からでは確認できません=撮影 2005/11/16 奈良・高市郡明日香村平田


飛鳥 猿石3
「僧(法師)」と呼ばれる吉備姫王墓内の石像。高さ約80cm=撮影 2005/11/16 
奈良・高市郡明日香村平田


飛鳥 猿石2
「男」と愛称される吉備姫王墓内の右端の石像=撮影 2005/11/16 
奈良・高市郡明日香村平田


飛鳥 猿石4
高取城築城の際、石垣に転用するのに飛鳥から運ばれたという高取山の「猿石」。高さ約80cm。高取城址の二ノ門から下る道筋にどっかりと腰を下ろしています=撮影 2006/11/21 奈良・高市郡高取町上子島


鬼の俎板
「鬼の俎(まないた)」は長さ約4・5m、幅約2・7m、厚さ約1m。この辺りは霧が峰と呼ばれ、鬼が旅人を霧で迷わせ、捕らえて爼で料理し、満腹になったあとに雪隠で用を足したと伝えられています=撮影 2006/2/22 奈良・高市郡明日香村野口


飛鳥 鬼の雪隠
「鬼の雪隠(せっちん)」は内幅約1・5m、高さ約1・3mの花崗岩製=撮影 2006/2/22 奈良・高市郡明日香村野口


鬼の雪隠2
「鬼の雪隠」背後から見た明日香村=撮影 2012/3/29 奈良・高市郡明日香村野口

テーマ:石仏 - ジャンル:写真

  1. 2020/04/18(土) 16:52:47|
  2. 大和路の石仏・石造物
  3. | コメント:0
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Author:なわじゅん
・奈良県北部在住の男性です。1300年超の歴史に根ざす奈良大和の人々の信仰に支えられてきた神事・仏事や祭り、伝統行事、民俗を主に紹介しています。
・写真をご利用希望の方はメールフォーム(下段)からお問い合わせください。

次のHPも運営しています。
「野に咲く花たち」――身近に咲く花、高山に咲く花の写真、野草のウェブ図鑑です。

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